なぜ人はアトピーになってしまったのか

スポック博士の医学書

実はアトピーという病気は1900年代前にはほとんど、そういった症状は現れなかったようです。

アトピーという病気はアレルギー症状ですので、遺伝的要素はあったとしても、人に伝染するような病気ではありません。

では、なぜアトピーという病気が人々の間で爆発的に発症してしまったのでしょうか?

アトピーの歴史

アトピーという病名の歴史

アトピーという病名は意外に新しく、1923年にコカ とクックという学者によって「遺伝的素因を持った人に現れる即時型アレルギーに基づく病気」という意味で名づけられました。

また、アトピー性皮膚炎という医学用語は、1933年にザルツバーガーという皮膚科医によって、アトピーと皮膚炎と結びつけて「アトピー性皮膚炎 (atopic dermatitis)」という病名を名づけました。

さらに、日本でアトピー性が発症し始めたのは1970年代と言われています。

このアトピーが発症した理由にはスポック小児科医の失態が原因だったのではないかという説があります。

アトピーを発症させる原因を作ったスポック小児科医

1900年代に生誕したベンジャミン・スポック小児科医は、1921年からの2年間を名門のエール大学で文学を専門として学んでいたのですが、途中で医学へと専門を変更し、1925年まで在学していました。

その間、彼はパリのオリンピックにアメリカ代表のボート選手として出場し、見事金メダルを獲得しました。

その後、彼は小児科医の道を進んでいきます。

さらに、結婚を経て子供を授かりますが、その育児経験から育児書「スポック博士の育児書」を発行します。

この育児書はオリンピック金メダリストという権威と奇抜な内容により、5000万部が売れ、世界で聖書の次に売れた本としても有名です。

その内容は現在では禁忌とされる育児方法や目を疑ってしまうような内容が多いです。

たとえば、子供にハチミツを飲ませる。(現在ではボツリヌス菌による病気を発症する可能性があるため禁忌となっています)

うつぶせに寝かせる。添い寝しない。

生後3ヶ月後にはオートミールなどの離乳食を与え、母乳は危ないなどです。

危ない育児書が翻訳され、母子手帳に採用

「スポック博士の育児書」は日本でも翻訳され、その育児方法が1970年に母子手帳に採用されたのです。

その2年後、日本では子供のアトピーが発症し始めることとなりました。

日本でアトピーが爆発的に発症した原因がここにあったという説もうなずけるものがあります。

母子手帳の中でも改定しているものが多いです。

ですが、すでにアトピーやアレルギー、敏感肌になってしまった私たちがいます。

次の子供たちの為にも正しい知識を得ていかなければならないと思います。

 

コメントは受け付けていません。